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青森地方裁判所 昭和31年(ワ)260号 判決

原告

斎藤貞勝

被告

関谷倉助

主文

被告は原告に対し金三萬円及びこれに対する昭和三十一年十一月二十五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決中、原告勝訴の部分は原告において金一萬円の担保を立てるときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告は訴外南辰三を相手に当庁に貸金十萬四千八百円の請求訴訟を提起し、右事件は調停に付され、被告を利害関係人として参加せしめ、昭和三十年三月二十三日当事者間に原告主張の(一)ないし(四)記載のとおりの条項により調停が成立したことは争がなく、被告が原告から贈与を受けた建物を昭和三十年四月二十日限り収去しない場合について定めた右(四)における「贈与を取消し」なる用語の意義は、その行文、態様、成立に争のない甲第一号証の三により窺い得る右調停成立の経過に、成立に争のない甲第四号証、証人黒石清衛、成田秀五郎の各証言を併せ合えるときは、特に取消という意思表示を要せず、被告において期限を解怠すれば、当然失効するとの趣旨であることを窺うことができる。

しかるに、被告が右所定期限内に建物を収去して土地を明渡さなかつたことは当事者間に争がない。

被告は昭和三十年四月二十日原告から右期限を昭和三十一年五月末日まで猶予を得たと主張し、証人黒石清衛はこれに副う証言をするけれども措信しがたいし、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

よつて前記調停条項により被告は右期限の懈怠により、建物所有権を失い、原告に対し、同建物明渡の義務を負うに至つたものといわなければならない。

原告は被告の右建物明渡義務の不履行に因り、その強制執行のため別表(省略)記載のとおり出費し、損害を被つた旨主張し、証人成田秀五郎の証言及び同証言により成立を認め得る甲第二号証には右主張に符合するものがあるけれどもこれ等の証拠だけでは右主張事実を認定するに十分なものとはなしがたいのみならず、そもそも別表中(1)は前記調停で定められた土地明渡期限の最終日に当り被告は末だ建物明渡の義務を負うていないのであるから原告の主張は理由がなく、又別表中(12)ないし(14)は証人成田秀五郎の証言に徴し、原告主張の建物明渡の執行とは関係のない原被告間の別件訴訟に関する費用であることが認められるから、これ亦原告の主張は理由がなく、別表中爾余の部分は仮に原告主張のとおりの支出があつたとしても、強制執行費用として正当なる部分は執行名義たる前記調停調書によつて取立てることができる(民事訴訟法第五百五十四条参照)のであるから、本訴請求によつて給付判決を求める理由に乏しく、更に(7)ないし(9)における人夫、大工の学務賃、トラツクの料金等は成田秀五郎の証言に徴するも右建物明渡執行そのものに関する費用ではなく執行完了後の建物の解体、解体後の木材運搬の目的で支出したものであることが認められるから建物明渡の執行費用とは考えられないのみならず被告の明渡義務の不履行に因る通常の損害と目することもできない。

以上いずれの点からしても被告の右不履行を理由とする原告の損害賠償請求は理由がない。

よつて原告主張の不法行為に因る損害賠償の請求について審案する。

被告が原告の委任を受けて前記建物明渡の強制執行にあたつた執行吏に協力した原告及び訴外成田秀五郎の両名を住居侵入、窃盗の疑ありとして青森警察署に告訴をしたことは当事者間に争がなく、被告本人尋問の結果により被告は昭和三十一年四月二十八日原告から建物明渡の執行を受けた際(証人成田秀五郎の証言によると右執行は完結することなく中止した。)右建物内に置いてあつた行李在中の現金三萬七千円を窃取せられたものとして右告訴に及んだものであることが認められる。

しかして証人成田秀五郎の証言により、訴外成田秀五郎は執行吏に協力して被告方の行李をその置いてあつた場所から若干移動せしめたことは認められるが、右行李の中に現金を容れてあつたとの被告本人の供述はたやすく信用しがたいし(そのようなところに現金を容れておくということは普通では考えられないところであるし、況んや証人成田秀五郎の証言によれば右行李にはむつきようの粗布が入つていたというのであるからなおさらのことである。)他にはこれを認めるべき証拠はない。従つて被告のなした右告訴は全く根処のないものといわなければならない。

ところで、右のような無実の罪により告訴をうけた原告は、これによりその名誉権を害せられ因つて精神的苦痛を受けたであろうことは特段の事情の見るべきものがないから経験上自明のことということができ、被告はかゝる故意による権利侵害の結果生じた原告の損害につき相当の慰藉をなすべき義務がある。

よつてその数額につき按ずるに、成立に争のない甲第三号証により原告はその主張のとおりの資産を有することを、又証人成田秀五郎の証言により原告は弘前市内でりんご、農薬等の販売商を営むものであることがそれぞれ認められ、これ等の事実と他方原告に係る右被疑事件が広く世間に流布されたというような事情も見受けられないことなどを考え併せるときは右賠償額は金三萬円をもつて相当と認める。

以上の次第であるから原告の本訴請求中右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日たること記録に徴し明白な昭和三十一年十一月二十五日以降完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める限度では正当であるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助)

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